(墳丘長)278m

(高さ)30m

(被葬者)倭迹迹日百襲姫命 やまとととひももそひめのみこと(宮内庁治定)

卑弥呼 ひみこ(推定)


箸墓古墳は、古墳時代初期に築造されたのではないか、という研究説があります。

前方後円墳で、円墳との境目に、溝があることなどから、後円部はのちに築造されたのではないかとも言われています。

日本の神話、「日本書紀」に記された、卑弥呼(ひみこ)の墓の大きさと、箸墓古墳がほぼ同じ大きさであることから、卑弥呼(ひみこ)が被葬者である説が有力になっています。

日本書紀内で記されたものの中で、以下のようなものがあります。

墓は昼は人が作り、夜は神が作った。昼は大坂山の石を運んで作った。

 山から墓に至るまで、人々が列をなして並び、手渡しをして運んだ。

という記録が残っています。

有名な三国志の魏・晋時代の長さの測り方や、その他の情報で、邪馬台国を都とした倭の女王卑弥呼(ひみこ)

の跡を13歳で継いだとされる女性の墓ではないか、という説もあります。

竪穴式石室が確認されていて、古墳時代初期の説もあります。

 

現在、円墳部は実質調査などの為、許可なく立ち入れません。